nintendogsにおける死とは

余計な日常・余計なもの思いでとりあげられていたnintendogsに関する考察、興味深いですね。
たしかに、死の概念がない(それどころか、成長すらしない)というのは、リアリティという意味からはかけ離れていますよね。
ただ、このゲームにも、一応「犬をゆずる」というコマンドが用意されています。やっていることは削除なのかもしれませんが、一応は現実的な解です(自分の家も昔ゆずった記憶有り)。
ゲームである以上、放置してしまう可能性は実際よりも高く、しばらくやってなくて久しぶりに起動したら死んでいた、というのは、ちょっとシュールすぎる気もします。
こうしたことを書くと、「子供にこそペットの死を教えてあげないと」とか、「こんなソフトをやると、犬に飽きたらやり直せばいいと思う子供が増える」というコメントもあるかもしれませんが、これもある意味極論のような気がします。「ゲーム脳」という話の議論ともにているように思いますが、どんなにリアルであったとしても、ゲームはゲームという枠を超えることはできません。ですので、それをそのまま実世界に当てはめることには、理論的に無理があるんですよね。
このnintendogs宮本茂さんの「飽きてしまっても、売らずに手元に残しておきたいソフトになってほしい」という意図からも、「永遠の子犬」というのはそれなりにうまい落としどころではないかと思います。時間にしばられることなく、つねに一緒に入られる相棒として。