ついに「生産出荷台数」発表をやめたソニー

昨日今日と任天堂ソニーがそれぞれ第一四半期の業績報告を実施。まず先に任天堂Wiiが1000万台達成、大幅な増収増益、さらに今後の見込みも上方修正と、株価も6万円台にのせるほどのインパクトを見せていました。

【決算】絶好調の任天堂,前年同期比で売上高2.6倍,純利益は5.1倍 - 産業動向オブザーバ - Tech-On!

これに対して、夕方にはソニーの業績報告。ここでは、エレクトロニクスの好調などが伝えられているわけですが、自分が興味があったのは特にゲーム。そのゲームについて、一つ歴史的に大きなことが起きました。

PS3「売上台数」は1Qで71万台 ソニー、「生産出荷」から変更 - ITmedia News

この見出しにもあるように、とうとうソニーが公式に「生産出荷台数」の使用をやめ、「売上台数」へと変更しました。以下、過去の「生産出荷」騒動も振り返りながら、今回の発表について触れてみたいと思います。

生産出荷台数」を巡る騒動あれこれ

生産出荷台数といえば、単に工場で生産した数と違いはなく、「出荷」というにはほど遠いのに紛らわしい言葉として、自分も結構批難してきました。

わぱのつれづれ日記 - 決算報告で晒された「生産出荷台数」の歪み
わぱのつれづれ日記 - 『PS3 国内生産出荷100万台達成』プレスリリースについての分析

この生産出荷を巡ってはいろいろと騒動もあり、先日もファミ通PS3の「生産出荷」とWiiの「販売台数」を比較して「同等」と表記し、公に「アンフェアだった」と認めて謝罪する騒ぎもありましたね。

わぱのつれづれ日記 - 「アンフェアな行為」について公式に詫びたファミ通

他にも、先日毎日新聞が、PS2の300万台「生産出荷」達成とWiiの300万台「販売」達成のスピードを比較してPS2の方が早いと勘違いするミスを犯したりもしていましたね(実際はWiiの方が2ヶ月ほど早い)。

わぱのつれづれ日記 - Wii 国内累計販売300万台達成 〜 これもソースはファミ通

さすがにこうした傾向を懸念してか、はたまた久夛良木氏がやめたからかは知りませんが、前回の決算報告ではついにソニー側から通常の「出荷台数」についてのコメントが出ました。

わぱのつれづれ日記 - ついに「出荷台数」も発表〜PS3生産出荷550万台、出荷360万台

しかし、上記はあくまで質疑応答の中だけの話だったわけですが、今回、とうとう公の資料としても生産出荷での数字を取りやめ、新たに「売上台数」なる指標に置き換えたわけです。以下のページの左下のインデックスから「FY07.1Q ゲーム」を選んでいただくと該当のスライドをご覧になれると思います。

http://www.irwebcasting.com/070726/05/267fd4f7a0/index.html

『農家とソニーぐらいしか使わない』と言われながらも、「アキュレートだから」と言ってかたくなに守っていた生産出荷。それを取りやめたことは、歴史的に大きな一歩だと言えるでしょう。

セルイン・セルスルーとの対応が変なITmediaの記事

しかし、今回「生産出荷」から「売上台数」に定義が変わったわけですが、これについて冒頭で上げたITmediaの記事における解説が、かなり大きな勘違いがあるように思われます。まずは、該当する箇所を上げてみましょう。

ソニーはこれまで、工場で生産した数に当たる「生産出荷」数をゲーム機とソフトの実績値として公表してきた。ライバルの任天堂は実際に消費者に販売された(セルスルー)台数を公表しているため、ソニーもエンドユーザー向けの売上台数を実績として公開するべきだという指摘があった。

ゲーム以外の分野では、ソニーもセルスルー数で実績を公表している。ゲームのみ生産出荷数で公表してきた理由について同社の大根田伸行CFOは「ライバルの任天堂がもともと、問屋に卸した数をベースに開示していたため、それに合わせて当社も生産出荷で開示したと聞いている」と説明。セルスルーに変更したのは「売り上げにリンクした数字を出して欲しいという要望がメディアなどからあったほか、ゲーム以外の開示方法と合わせた方がいいと判断したため」とした。今後、生産出荷台数での公表は行わない。

PS3「売上台数」は1Qで71万台 ソニー、「生産出荷」から変更 - ITmedia NEWS

要するに、ソニーが使う「生産出荷」と「売上台数」が何を指し、任天堂の指す「販売台数」が何を指すか、ということですね。これについては、自分なりに解釈した内容を以下のエントリで記述しています。

わぱのつれづれ日記 - 『出荷台数』と『販売台数』についての注意

セルイン、セルスルーという言葉の定義については自分も上記ITmediaの記事と一緒なのですが、ソニーおよび任天堂の使う言葉との対応関係が自分とは決定的に違っていますね。あくまで自分も解釈となりますが、ソニーの今回新たに用いた「売上台数」は消費者に売った「セルスルー」ではなく、卸問屋などに売った「セルイン」だと思われます。というのも、上に上げたソニー決算報告の中で「売上に計上できる値」としてこの「売上台数」を紹介していたからです。メーカーにとってセルインの時点で売上に計上することができます。そして、メーカーから直接売っている訳なので、比較的正確にメーカー側で把握できる値な訳です。

それに対して「セルスルー」は小売りが消費者に売った台数なので、メーカー側が正確に把握できるものでもありません。ソニーがヨドバシとか小さなゲームショップとかの売上台数を全て細かく知ることができるか、といえばそんなの無理ですしね。セルスルーの数字を発表しているファミ通メディアクリエイトだって、あくまで多数の店舗をサンプルとし、独自の係数などを加えて算出した、ある意味推測値な訳です。だから、メディアクリエイトファミ通の数字に差が出たりするわけですし。

こうした点で考えれば、上記引用文の冒頭にある「任天堂はセルスルー台数を公表している」というのもおかしいことが分かるかと思います。これは、任天堂側にも非はあると思うのですが、任天堂は決算報告などの公式文書では「セルイン」の数字を「販売台数」という言葉で公表します。通常我々消費者は、「販売台数」と聞いたらセルスルーのことを想像してしまいますからね。このITmediaの記事の人もそうした勘違いをしているのかもしれません。(ちなみに、岩田社長の講演などでは消費者へのアピールのため、別途メディアクリエイトなどの数字を使って「セルスルー」を紹介したりしてますね。)

誤解の原因は大根田伸行CFOの説明?

生産出荷台数は、繰り返すように単純に工場で生産した台数にすぎません。それが、なぜ今回のような誤解が生じてしまったのでしょうか?単に記者の勘違い、という可能性もありますが、気になるのは上記引用文でも上げたソニー大根田CFOの「ライバルの任天堂がもともと、問屋に卸した数をベースに開示していたため、それに合わせて当社も生産出荷で開示したと聞いている」という発言です。

もしこの発言が本当に大根田氏が言った発言そのままだとすると、大根田氏が自社の使っていた「生産出荷」の言葉の定義を勘違いしていると言うことになります。「生産出荷」=「セルイン」という解釈ですしね。そして、「任天堂がセルインを発表していたから、こっちも生産出荷を使ったんだ」と、半ば逆ギレ状態。勘違いから生じているとしたら、ちょっと滑稽ですよね。ソニーCFOともあろう方が、思いこみで意味不明な他社批難をしているわけですから。


P.S.
AV Watchの記事だと、大井田氏の発言は以下のようなものですね。

生産出荷数という数値を採用した経緯については、「任天堂が開示していた数字が、流通に出した数だった。それに近いものとして工場出荷台数を採用した、と聞いている」という。
ソニー、2007年第1四半期決算を発表

実際は、こうした若干曖昧性を含む発言で、ITmedia記者が自らの誤解に基づく拡大解釈をした記述にしてしまったのかもしれませんね。
ちなみに、ネットでよく聞く「生産出荷」の経緯は、「Playstation.comによる直販が結構あるから、通常の流通販売台数だけだと少ない数値になってしまうため」だったように思います。まあ、それならそれでPS.com分はセルインとして計算すればいいだけのような気もするんですけどね。

発表された数字について

さて、上記までで「生産出荷」にまつわる話は大体終わったので、最後に今回発表されたPS3関連の数字を見てみましょう。まず、第一四半期での売上台数は全世界で71万台。前回の報告でセルインは360万台と言っていたので、6月末までで世界で約431万台売れている計算になりますね。そして、マーケットに残る在庫については、質疑応答Q1で「約60万」という数字を出しています。そしてソニー側に残る在庫は「約220〜230万」とも(前回の時点では190万ほど)。これらの数字を元に2007年6月末までの世界でのPS3台数にまとめると以下のような感じになります。

生産出荷 651〜661万
売上(セルイン) 431万
販売(セルスルー) 371万

Video Game Chartzでも現時点でPS3は389万台となっているので、大体あってそうな感じですね。こうしてみると、生産は年度内目標台数の1100万にと向けて順調に行えているものの、販売の方が追いついておらず、メーカー・市場共にかなりの在庫を抱えている状態のようです。北米の60GB版が「在庫処分」と言われましたが、リアルにそうだった感じです。

なお、別の質疑応答でありましたが、PS3のCellシュリンク65nm版は、上記在庫がはけてからとのこと。RSXのシュリンクはさらにその後だと。現在の販売ペースを見ると、よっぽど強力なソフトが出てこないと当分の間は大きなモデルチェンジはなさそうな感じですね。PS3小型化、軽量化はまだまだ当分先そうです。

PSPPS2はかなり好調な感じはしますが、PS3を何とかしないといけないソニーとしては、逆に世代交代が進まないことが痛いかもしれませんね。任天堂も、北米ではなかなかDSがGBAを上回れず苦労していましたが、同じような状況を味わっている感じです。

双方そろった指標 〜 ハッタリのないガチな対決に注目

さて今回の話をまとめると、『任天堂の「販売台数」=ソニーの「売上台数」』と、両者の数字が同じ指標に基づく数字を公開するようになったということですね。そう言った意味では、比較しやすい形になっていいかと思います。ハッタリ数字の生産出荷台数もやめ、新社長の平井氏もゲームソフト重視の姿勢を示すなど、久夛良木氏がやめた影響かソニーも非常に健全化が進んでいる感じがして好ましいですね。

ただ、その分何につけてもガチンコの対決が待っているわけで、現状幾分不利な立場にいるSCEとしてはハッタリなしではなかなか大変な状況なのも確か。今回公表された数字でも、第1四半期は全世界でPS3は71万台しか売れておらず、あと残り3四半期でその14.5倍にあたる台数を売り上げなければ目標の1100万台売上は達成できないわけです。

それを達成してもなお、現時点でWiiが累計1000万台売上を達成している状態なわけで、年末年始の任天堂の強さを考えれば、年度内の台数でもとても勝負にならないでしょう。あとは、HDゲーム機、マルチメディア機能などで、どうWiiとの差別化を図り、生き残るかですね。HDゲーム機としてはXbox360もいるだけに、こっちに対しても優位性を示さなければいけないのが大変なところです。

元々はWiiが「セカンドハードとして独自に生きていけること」を目指して独自性を出したように思ったのですが、今や立場が逆転した印象はします。平井氏の元、PS3ならではの存在感を見せることができるか。「10年戦うハード」となるためにも、まず今年度で取り返しの付かない差をつけられないことが重要そうですね。


P.S.
コメント欄のはみさんの指摘に従い、表現をいくつか修正しました。