『出荷台数』と『販売台数』についての注意

昨日のエントリで、ファミ通がなおも誤用する『生産出荷台数』と『出荷台数』について批難をしましたが、一方で任天堂が投資家向けに使う『販売台数』という言葉についても、若干世間で誤解されているところがあるようなので、自分もそれほど詳しいわけではないのですが、自分なりの理解を述べてみたいと思います。

2種類ある販売〜『セルイン』と『セルスルー』

まず、セルインとセルスルーという言葉から。先日のソニーの決算報告でも出た言葉ですね。そのときの記事を引用してみたいと思います。

――PS3の販売台数は?

「セルスルー(販売台数)は把握していないが、セルイン(店頭出荷)だと360万台くらい。(生産出荷550万台との)差がインベントリ(中間在庫)となる」

テクノロジー : 日経電子版

セルインとはメーカーから問屋や小売りなどにメーカーが販売したもので、この日経の記事にあるように通常は『出荷』としてとらえられる値です。メーカーが具体的に販売したものだけに台数も正確に把握でき、売り上げ計上もされるため、通常会社が投資家向けに公開する情報としてはこのセルインを用いると思われます。

一方、セルスルーはその小売りから消費者へと売られた数。一般的な用語では『販売』としてとらえられる値です。この値は、実際にどの程度その製品が売れているのか、消費者にとっては非常に分かりやすいものです。いくらセルイン(出荷)が多くても、セルスルー(販売)が少なくては店頭在庫が積み重なっているだけですしね。ちなみに、メディアクリエイトが発表しているランキングは、そのものズバリ「セルスルーランキング」となっています。

週間ソフト・セルスルーランキング

ただ、メーカー側では、このセルスルーというのはなかなか正確には把握できません。一旦問屋などに売ってしまったら、あとはそこからどういったタイミングで消費者に販売されるのか、メーカーがコントロール出来ませんからね。ですので、あまり投資家向け情報として、資料に載せて出される話ではないわけです。

ちなみに、『生産出荷』となると、これはソニーが先日の質疑応答で使っていた『工場出し』という言葉がしっくり来るでしょうか。この辺のリアルな受け答えは、以下のニコニコ動画に上がっているダイジェストを見るとよく分かると思います。(該当の発言は5分頃からです。)

ソニー株式会社 2006年度 連結業績説明会(ダイジェスト)

まあ要するに『生産台数』ですよね。売り上げに計上しないので、単に「どれだけ作ったか」を表すものに過ぎません。生産したそばから次々売れていくのならともかく、生産>>出荷となると、単にメーカー在庫を露呈する指標にしかならないわけです。

投資家向け資料と一般向けとで意味が異なる『販売台数』

上記をふまえた上で、『2006年3月末時点でのWiiの販売台数584万台』という表記を見てみたいと思います。

任天堂は投資家向け資料では、小売り向けに任天堂が販売した台数を『販売台数』と表現します(「2007年3月期 決算説明会資料」)。これは、上記説明に従えばセルイン(=出荷台数)となるわけですが、各種マスコミはこの資料の表現に基づいて、素直に「販売台数」と表記しているところが多数です。

【決算】任天堂の営業利益は前年度の2.5倍,DSとWiiの販売が好調 - 産業動向オブザーバ - Tech-On!
asahi.com:任天堂、DS好調で最高益 Wiiは目標に届かず - PC・ゲーム - デジタル

ただ、こうしたニュースで単に「販売台数」と言われてしまうと、消費者はセルスルーだと勘違いしてしまいますよね。ちょっと紛らわしいな、と感じてしまいます。


上記のような状況が分かっているからなのか、決算報告における岩田社長の発言では584万台を『出荷台数』とコメントしてます。下記の決算報告動画の3分50秒あたりからをご参考ください。

任天堂株式会社 2007年3月期(第67期) 決算説明会

ちなみに、任天堂は自社では把握しづらいセルスルーもメディアクリエイトや海外調査期間の数字を使って説明してますよね。このあたりは、決算報告でありながらもより消費者の目を意識した情報公開に努めているということなんでしょう。

細かい言葉の定義に注意が必要

現状は、WiiもDSもセルインしたものがすぐにセルスルーされてしまうので、正直セルインをセルスルーと勘違いしても大きな違いはないかと思います。ただ、これはSCEが好調なとき、生産出荷がすぐに売れてしまったため問題なかった、というのと状況は変わりません。今好調だからといって、誤解のあるままずっと進んでいては、いつか歪みが生じる可能性があります。できればマスコミ側でセルイン、セルスルーを意識して一般消費者にも分かりやすい補足を加えた報道を願いたいところですが、消費者の側でもある程度注意して数字を見る必要があるような気もしますね。