決算報告で晒された「生産出荷台数」の歪み

先日の任天堂の業績報告に続き、本日ソニーも第3四半期決算報告を行いました。

Sony Japan|2006年度 第3四半期 業績説明会

自分が興味があるのは、このうちのゲームに関してのみ。これによると、売り上げ高は増加したものの、営業利益はPS3の価格設定などから大幅赤字だった模様。
とはいえ、これらは元々予想されていた内容なので、別に特別驚くようなことはありません。ただ、今回の発表で特に興味深いのは、「北米でのPSP生産出荷台数」、そして生産出荷台数に関する質疑応答ですね。以下、この何かと問題の多い「生産出荷」について絞って見ていきたいと思います。

「四半期でわずか1万台」という北米PSP生産出荷台数

まずは、北米でのPSP生産出荷台数から。第3四半期のSCEハードの生産出荷台数は、上記ソニー決算ページの補足資料(PDF)で、日本・北米・欧州の数字を見ることができます。

上記補足資料から、今年度分のPSP生産出荷台数の欄を抜粋すると以下の通り(数字は万台)。

  Q1 Q2 Q3
日本  43  24  86
北米 118 200   1
欧州  41 165  89
合計 202 389 176

ここで注目すべきは、なんと言っても赤で記した第3四半期(Q3)の北米の数値「1」でしょう。通常、販売台数や小売りへの出荷台数で数字を出していれば、ここまで極端な数字が出ることはありません。何せ、その前の第2四半期の1/200な訳ですから。生産出荷という数字を使っているからこそ起きる、奇妙な現象ですね。生産出荷は「出荷」という誤解しやすい言葉が入っているものの、実際はほぼ「生産数」と等しい用語。第3四半期がわずか1万台ということは、要するに第2四半期で作りすぎたため生産調整に入り、ほとんど北米向けの生産はしなかったことを表している訳です。

好調が続くからこそ成り立つ「生産出荷台数」での発表

生産出荷台数も、継続して長期売れ続けるものならば、生産したものはいつか売れていく、ということで、通常でしたらこうした不自然な数字が出ることはありません。PSPも、別に在庫がたまっても生産し続けていれば「1」なんて数字を使う必要は無かったわけです。しかし、生産だけして出荷をしないと、それはすなわち在庫となり、棚卸資産ががんがん積み上がっていくことになります。棚卸資産はその名の通り資産であり、税金の対象となるようなので、さすがに今回は無茶な生産は続けられず、生産調整をする羽目に陥ったということなんでしょう。これまでの歪みが一気に出てきてしまった形ですね。決算報告書で偽造してしまうと犯罪なので、もう数字のトリックが使えないところまで来てしまった、と言うことなんでしょう。

これまで、SCEはずっと勝ち組であったため、生産出荷台数を使っていても大きな歪みは見えませんでした。逆に、生産しただけで素早く数字を発表できる分、それを「出荷台数」と誤解して報道してもらうことで、他機種よりも遙かに売れている印象操作を行うことができ、SCEにとって非常にメリットの高い数値だったわけです。ただ、所詮はまだ販売もしていない数字の先取り発表。販売が順調ならいいですが、今回のように苦戦に陥ると、こうした歪みが生じてしまうわけです。負け戦を考えずハッタリに近い数字を繰り広げてきたつけを払っている感じですね。

生産出荷台数」についての質疑応答

今回のように、さすがにあまりに極端に変な数字が出てくると、証券関係者、マスコミ共に気になってくるようで、この生産出荷についての質疑応答が行われています。この内容がまたちょっとあきれてしまう内容になってしまってますね。

まずは、「なぜ生産出荷を使うのか」という質問について。

なお、同社では、ゲーム機の累計出荷台数について、販売台数や出荷台数(流通業者などへの出荷)ではなく、実質的な生産数を示す「生産出荷」という言葉を用いている。生産出荷という用語を用いている理由については、「経緯はわからないが、よりアキュレート(正確)に把握できる数字。セルスルー(販売)の数字は調査会社のデータより、かなり異なっていることがあるから、ではないか」と説明した。

ソニー、2006年度第3四半期決算を発表。売上は過去最高

「経緯はわからない」って、めちゃ人事みたいな返答ですねw。ソニーから見たら、所詮SCEは子会社、別組織という印象なんでしょうか。実は、ソニーから見てもこのPSプラットホームの生産出荷という数字は特異に見ているってことでしょうかね?

さらに、ITmediaの以下の記事はさらにつっこんで記事にしています。

ITmedia News:ソニーのゲーム分野苦戦 「生産出荷」は「正確に台数を把握できる」

この記事での生産出荷使用理由は以下の通り。

同社はゲーム機やゲームソフトについて生産出荷数ベースで開示しているが、「工場出しの時点でカウントする」(大根田CFO)ため、実際の販売台数や収益に与える影響が分かりづらいという指摘もある。ライバルの任天堂は販売台数ベースで開示している。
 大根田CFOは「生産出荷だとアキュレートな数字がとらえられる。セルスルーだと調査によって数字が変わってしまう」と生産出荷で開示するメリットを説明。今後販売台数べースでの発表を行うかについては「お約束できない」とした。

うーん、これはまるで任天堂が販売数で出しているのが不正確かのような表現ですね。もちろん、確かに実際に消費者に売った販売数は、調査機関によって違うので正確性に欠けるのは確かです。ただ、もし任天堂が決算報告で使う「販売」という言葉が小売りや販売店への販売を差しているのであれば、ソニーだって把握できるはずでしょう。ここの部分でちょっと返答が的はずれになっている感じですね。

ソニーの質疑応答のインターネット中継を聞いていると、結構「セルイン」という言葉を使っています。この言葉については、ゲームアナリスト平林久和氏の以下のブログエントリが詳しいですね。

Hisakazu Hirabayashi's Blog : 3.販売と開発の垣根が低い

これによれば、要するにセルインは販売店などへ売った分で、一般的には「出荷数」という言葉で置き換えられるものです。対してセルスルーが消費者への販売ですから「販売数」ですね。ですので、セルインと言う言葉を多数使っているのですから、実際の出荷台数が分からないはずもないと思うのですけどね。まあ、「経緯は分からない」とか言っちゃうぐらいですから、お偉いさんもそのあたりを実際把握していない可能性も無いとはいいきれませんが。


そして、ここまで生産出荷台数を正当化しておきながら、生産出荷が減っていると指摘されたら以下のような返答。

PSPのてこ入れ策としては「いくつかの案を検討している。PSPをあきらめるつもりはない」(大根田CFO)とした。また「PSPの72%減は生産出荷台数ベースで販売ではない。特に欧米では好調に売れている」と湯原隆男SVPがコメントした。

「生産台数ベースだから減っているように見えるかもしれないが、販売は好調!」って、まるで生産出荷台数で発表していることが悪いかのような言い訳。販売は好調だというのに、販売数は不正確だから示せないって、一体なんですかそれは。なんか、ダブルスタンダードというか、自己矛盾しちゃってませんか?こんな変な返答をしてしまうぐらいなら、素直に小売りへの出荷台数を発表するようにした方がいいと思うのですけどね。業績が不安定な現状は特に。

市場に分かりやすい数字提供を希望

以上、生産出荷に絞って見てきたのですが、これまで2chレベルでは周知の事実だった言葉でしたが、今回のように数字的に無理が目立つようになり、多くの証券関係者、マスコミもようやく真面目にこの言葉の不透明さ、意味の薄さを取り上げるようになった感じですね。
実際、ソニー決算報告ページの実況中継音声(URL)を聞いていると、証券関係者の質問を聞いていると、相当きつい質問が浴びせられてます。Q2ではまさに生産出荷に対する販売について質問されていますし、Q5の野村證券の人なんて「何時間も量販店で見ていたがPS3は全然売れていない」とか直球投げつけたりしてましたし、世間の目も厳しくなってきているように思います。(ちなみに、このQ2に対する返答では、「ハードについては生産出荷台数とセルインの差はあまりない」と返答していました。)

ただしソースはソニー」なんていう不名誉な文句が出ている昨今、この言葉が当たり前のように受け入れられることのないよう、消費者、投資家、そして市場関係者に分かりやすい言葉、数字を示して頂けることを期待します。


P.S.
トラックバック頂いたplease-buy-ps3さんのエントリ「PLAYSTATION3を買ってあげてください。: SONYはPS3の現状をアキュレートに把握してください」で気づきましたが、ITmediaの記事の文責はIT戦士:岡田有花だったんですね。ITmediaにしてはつっこんだ、多少主観もまじった記事だったので引っかかってはいたのですが、気づきませんでした。うーん、ぬかった。