ジャストシステム、東京地裁での敗訴を受け会見

このニュースはかなり衝撃的でした。第一報はITmediaニュースでしたが、松下電器が、ジャストシステムを特許侵害で提訴、そして松下電器が地裁で勝訴した、というものです。これにより、地裁の裁定によれば一太郎シリーズの販売停止、破棄を行わないといけない、となっています。
この事件については、2点の見方があると思います。一つは、世間一般で思われている消費者から見た視点。もう一つは、企業としての知財保護に関する視点です。ここでは、あえて知財保護の視点から述べてみましょう。

知財保護の視点

まず、知財保護、知財戦略の視点から行くと、「松下電器、うまいことやったな」と言う感じです。実際、今回の件で問題になっている特許は、請求項が3つ、全ページでも6ページと、非常にシンプルな特許です。その請求項を簡単に要約すると以下のような感じ。

第1のアイコンを指定した後、第2のアイコンを指定すると、第2のアイコンの使い方を表示する。第2のアイコンを先に押した場合はそのまま第2のアイコンの機能を実行する
http://www.ntspat.co.jp/pdf/B92803236.pdf

これは、1989年に提出され、1999年に登録されています。当時はまだ、GUIという概念が一般的ではなかっただけに、先見の明があると言えます。
「なんでこんな簡単なことで特許?」という感想も多いように思います。たしかに、今から見れば、Windows95のウィンドウバーの右上にあった「?ボタン」にあるように、非常に広く使われている方法です。だが、特許というのは、「提案された時点で、いかに新規性があるか」だけが焦点なのです。それが、現時点で広く使われていようが、提案された時点で世の中にあれば、一切問題になりません。(逆を言えば、一つでも同様の例が世の中にあれば、公知例として特許は認められません。)
また、「GUIなんかで特許をとるのは卑怯だ」という意見もよく聞きます。ですが、これも認識は誤りで、「GUIのように目で見える形でとった特許ほど有効である」というのは、特許の常識となっています。特許というのは、いかに優れたものであっても、侵害を発見できなければ効果がありません。外から見て使っていることが分からないような特許は、どうぞ使ってくださいと言っているようなものなのです。その点、GUIはまねたら即座に外から見て分かります。ですので、今回のように、ある機能を実現する上で、非常にシンプルな操作というもので特許を取れると、非常に有効なものになるのです。
よく知られている例が、EPG(電子番組表)でしょう。電子番組表で、新聞のように番組を並べて表示する方法は、特定の企業が特許を持っており、その利用にはどうしてもライセンス契約が生じます。各社のEPG対応が遅れたり、逆にG-GUIDEばかりだったりするのは、そういった背景もあるわけです(G-GUIDEは、G-CODEとセット+広告入りで契約料が安かったはず)。このように、EPGはビジュアル的、GUI的な特許としての優等生と言われています。
こうした観点から見ると、今回の松下の特許は非常に強力です。何しろシンプルですから。唯一死角があるとすれば、請求項に「アイコン」という言葉を使ってしまっていることでしょう。今回も、結局これが争点になっていたようです。
PCWatchの記事によると、8月のジャストホームの訴訟では、ヘルプ表示するための「?ボタン」が?の一文字であったためにアイコンではなく文字だと言うことで、松下が敗訴しています。それに対して、一太郎では、?に加えてマウスの絵を描いたために、「アイコン」であると見なされて松下の勝訴となった模様です。
同様の判例から見ると、Windowsの標準機能である「?ボタン」はセーフと言うことになります。ただ、「?ボタン」と言うからにはアイコンと見なせる気もしますので、裁判官の判断によっては変化することは十分にありそうです。そう言った意味では、影響はマクロソフト、そのほかのソフトメーカーすべてに及ぶ可能性があります。そのすべてで勝つことができたら、松下はかなりの利益を得ることができることでしょう。知財戦略的には、非常に優れたものであるように思います。いや、あっぱれ。

…とまあ、上記はあくまで知財保護の視点で。特許に詳しくない人は、納得いかない部分もあるとは思いますが、特許システムというのは技術立国日本としても重要なシステムな訳で、まず上記のような正当な理屈を頭に置いて頂けたら、と思います。

○消費者の視点

さて、ここまでは特許戦略的な正論を述べてきたわけですが、ここからは消費者の視点として。
まず今回の件の第一印象は、皆こんなものでしょう?
「はぁ?松下電器、何やってんの?特許ゴロ?一太郎販売停止ってばかじゃないの?」
自分も、「一太郎販売停止」のニュース見て、びっくりしましたから。何で松下が?という感想は自分も持ちました。特にソフトウェアで稼いでいる、って感じもしないのに。しかも、特許の内容からしたら、先にWindowsの?ボタンを訴えた方がいいんじゃないの?と思ってしまいます。しかも、たった一つの?ボタンの件だけで一太郎中止なんて横暴すぎるとも。
もちろん、上記の知財の視点から正当性は分かっているのですが、感情的には一切受け付けられませんでした。だって、天下の大企業、勝ち組家電メーカーの松下なんですから。こうした特許ゴロツキのような手口では、最近ではLinux全般を訴えたSCOが記憶に新しいです。SCOは、Linuxを使っている大企業に、高額なライセンス料を支払え、と言って脅しをかけ、大批判をくらいました。また、古くはUNISISのGIFのLZW特許も有名ですね。いずれも、大きな影響を与えました。同時に、その訴えた会社の企業イメージは大きく低下したのです。
松下と言えば、日本企業の中でも比較的イメージのよい企業です。それが、金目当てで、ほとんどサブマリン特許的な方法で、ジャストシステムという一ソフトウェア会社を訴えた訳です。ただでさえ、松下は過去にソニーを「東京にはいい研究所がありますから」と言ってまねし続け、「まねした」という別名さえ持っていたというのに。その松下が、こうした手段で訴えるのだから、それは消費者感情的にはかなりイメージ悪いでしょう。

○まとめ

今回はまだ地裁の判決なので、まだ判決がどうなるか分かりません。即時控訴したようですし。しかし、一度勝訴という結果が出た以上、ライセンス契約して和解する可能性も高いですし、そのライセンス契約も松下にかなり有利に結べることでしょう。他の企業に波及する可能性もあります。
しかし、今回の件で多額のライセンス料を得たとしても、何か別の大きなものを失ってしまったのではないでしょうか?それは企業イメージです。せっかくいいイメージを積み上げていたのに、目先の利益のために、「松下は金に汚い、せこい企業」というレッテルが貼られてしまいました。ただでさえ、ソニーPSPがらみで評判を落としており、2chやブログなどのメーカーに対する風当たりが強い中、やぶ蛇のようにしか思えません。はたして、松下がこの先、名を取るか実を取るのか…。